にこにこ通信 21号

 デイサービスセンターにこにこでのある日の出来事でした。

 なにげない会話の中で、スタッフが“あささん”に「たまには、お酒とか飲みはりますか?」と尋ねたところ、“あささん”は即座に「そんなん(笑)、あはは、おなご(女子)がお酒なんか飲みませんわ。おなりせんなあかんのに」と答えられました。

 「おなり」――奈良県の方言で、炊事、調理を意味します。

 その瞬間、タイムトラベルしたかに感じたのは、私だけでしょうか? たしか、四、五〇年前には、日常、ひんぱんに聞きなれた言葉でした。

 その後、他の利用者さんも加わって、方言談義に花が咲きました。

 「ながたん」=「包丁」

 「しゃたい」=「生意気だ」

 「はち」=はしこい、素早い

 などなど。

 高齢になって、あるいは認知症があっても、子どもの頃、いきいきと暮らしていたころの、なじみの言葉は、忘れていらっしゃらないということを確信したひとときでした。

 もうひとつ、印象的な出来事を紹介します。

 にこにこでのレクリエーションのひとつに、「しりとり」があります。

 子どもの頃、学校の行き帰り、ひまつぶしによくしたものです。

 簡単そうに見えて、難しいのが「しりとり」です。共通したルールは、「ん」がついてはいけないこと、

前に出た言葉を言ってはいけないこと、でしょうか?

 何でもありの「しりとり」は、らくらくとこなしてしまうヨシさん(85歳、認知症あり)が、参加していたある日のこと、スタッフが試しに「食べられるもの限定!」とルールを決めてみました。

 まんじゅう→うに→にく→くり→りんご→ごま→まつ……う~ん「松の実が食べられるからOKです」

「では、ヨシさん、つです。ツ~!」といった次の瞬間、「ツンバラ!」と言われました。

「ツンバラ」……ご存知の方、どれぐらいいるでしょうか?

 カヤ(チガヤ)の花がでる前、茎がふくらんでいる穂をツンバラと言いました。引き抜いてかむと甘い味がして春の息吹を感じました。たしか小学校に上がる前くらいの幼いころの記憶に鮮明にあった情景です。30年の隔たりのあるヨシさんと共通の原風景でした。

 原風景――遠い昔、幼かったあの頃、すなおにありのままで「自分らしく」いられたようなイメージや記憶と結びついている風景ではないでしょうか? 

 ヨシさんも、日当たりのよい道ばたで見つけた、「ツンバラ」を引き抜いては、口に含み、春の息吹を感じたのでしょうか、それとも空腹を満たしていたのでしょうか?

 “あささん”“ヨシさん”となじみのある、共通の原風景にタイムトラベルをしたひとときでした。

 年をとっても、障害があっても、住み慣れた地域で、いきいきと毎日を暮らしたい――だれもが、望むテーマです。

 ほんのささいな二つの出来事を紹介しましたが、住み慣れた地域で暮らしているからこそ、みなで共有できた、いきいきとしたひとときでした。