にこにこ通信 7新年号
法務省の2008年版「犯罪白書」によれば、交通関係を除く一般刑法犯で2007年に検挙された高齢者は、前年比4%増の48,605人で過去最多となり、10年で4倍となっています。白書は、高齢者の孤立感や経済的な不安が背景にあると指摘していますが、高齢者が被害者になるケースも増えており、介護殺人や介護心中といった事件も残念ながら後を絶ちません。
2008年をふりかえってみて、そんな事件のなかでも心に強く残るものがひとつありました。新聞の見出しは、「85歳母、窓から落とし殺害、容疑の長女逮捕」というもので、広島県福山市で8月に起こった事件でした。新聞報道によると、腕の骨を折って入院中の母が、ギブスを嫌がって外すため、付き添っていた長女が、病院に迷惑をかけるのが耐えられず、3階の病室の窓から抱え上げて7メートル下に落として殺害し、自分も死のうと思い、直後に飛び降り自殺を図った、というものでした。新聞記事だけを見ると、「何という娘か、自分の母親を殺すなんて」ということだけで片付けられがちな事件ですが、私にはこの事件がずっと心にひっかかっていました。というのも、福山市のような介護殺人に至らなくても、介護の現場にいると同じような場面に出くわすことがあります。7月のことですが、デイサービスを利用されているNさんの体調がどうもよくありません。食べたものをもどされることが度々あり、好きな歌も歌われず、元気がありません。かかりつけのお医者さんの見立てによれば、風邪ということでした。しかし、風邪にしてはどうも症状がちがうような感じがして、ご主人にも仕事の合間に時間をとっていただいて、病院で診てもらうことにしました。診察の結果は、胃と腸の間が詰まっており、胆嚢癌の疑いもあり、このまま放置していたら大変なことになるとのことで、即入院でした。Nさんは認知症のため、病室は個室、3日間の24時間の点滴をした後に血液検査とレントゲンを行うというものでした。そして、Nさんの入院生活が始まりましたが、Nさんは点滴を外してしまうし、ベッドから出ようとするし、片時も目が離せません。入院初日は『にこにこ』の職員が付き添い、Nさんのご主人には、入院の準備のためいったん自宅に戻っていただくことになりましたが、70歳を過ぎて仕事と介護を続けてきたご主人にとって、3日間の24時間の点滴に付き添うことは大きな負担です。ちなみに、家政婦紹介所に病院の付き添いを問い合わせたところ、日中は8時間で9,000円くらいが相場で、夜間は10,000円を超えるとのこと。もし、Nさんが手術となり、入院が長期にわたったらと考えると、ご主人には大変な負担がのしかかってきます。私たちもNさん家族の負担を軽減するために、出来る限りのことはせねばならないと決意を固めていましたが、3日目に病室にうかがったら、その日に多量の便をされ、それから本人は元気になっているとのことでした。幸いNさんの体調不良の原因は胆嚢癌ではなく、ほかにあることがわかりましたが、Nさんのベッドの側から離れず、ほぼ2日間徹夜で付き添いをされたご主人には頭が下がります。しかし、もし手術となって入院が長期にわたったとしたら、どこまで付き添うことができたのか。福山市の場合も、実の母親を病室の窓から落とした長女は、10数年間、家事と介護で母親宅に通っていたとのことでした。必死に身内の介護をしている人を苦しめ、時には殺人へと追い込んでしまう社会、こんな社会はどこか絶対にまちがっています。宮澤賢治の「雨ニモ負ケズ」にこんな一節があります。「東ニ病気ノ子供アレバ行ツテ看病シテヤリ西ニ疲レタ母アレバ行ツテソノ稲ノ束ヲ負ヒ南ニ死ニソウナ人アレバ行ツテコワガラナクテモイイトイヒ」。公的な福祉サービスの充実はもちろんのことですが、素直に人を思いやること、それが今の社会で薄れつつあることだと思います。
民俗学者の柳田邦男は、今までの文明社会の七つの大罪のひとつとして「感じることの低下」をあげています。他人を思いやるという人間の本能が低下しつつある現在、人への優しさや思いやり等、「心」を大切にした福祉で八木一男福祉会は2009年を新たな発展の年にしたいと思っています。
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