にこにこ通信 33号

 「確かに、このあたりの駐車場に車を止めたはずなのに…車がない。おかしい。隣接した駐車場かもしれない。もう少し周辺を探してみよう…。車はどこにあるのだろう? 不安感が募る。次の予定に遅れるかもしれない…どうしようもなくあせる…」――最近、こんな夢を見て目覚めたことがあります。
不慣れな場所で、道に迷うというのは、誰にもあることですが、認知症の方が、慣れた場所で道に迷うということを想像してみました。なんと心細くて不安なことだろうか、前述の夢のような状態なのではないかと想像しました。
現時点では、認知症の患者数は、国の推計で200万人を超えているといわれ、2040年には380万人をはるかに上回ると予測されています。
3人に1人が高齢者で、9人に1人が認知症という時代をわたしたちは、どう迎えるのか、認知症になっても、障害があっても、住み慣れたまちや家族や友人に支えられて、いきいきと安心して暮らして行くことができる社会への道筋は見えているのだろうか?
「デイサービスセンターにこにこ」で、認知症の症状をもっておられる利用者の方に向き合いながら、利用者の家族の疲れた表情やお話を伺うなかで考え続けています。
最近よく言われているキーワードは、「認知症になっても心や感情は衰えていない」――です。「にこにこ」の日常風景でもこの言葉を実感することが数多くあります。
ヨシさんは、このごろ特に朝のご機嫌が悪くなられました。「おはようございます」とスタッフがあいさつをしても、不機嫌な顔で「今日は、どこへ行くの?」と尋ねられ、天気の悪い日は、出掛けられないので、「雨なので…」と答えると、「ほな、帰るわ! おったってしゃあない!」とおっしゃいます。朝の恒例の手洗い、うがいを促すと「家で洗ってきたから、ええわ!」と動いていただけません。ご自宅での様子が伺えると同時に、家族の方の日常の大変さが、瞬間頭をよぎります。
ヨシさんは、現役のころ、親族の中でもリーダーシップをとり、親族の行事などでは必ず中心的な役割を果たしつつ、頼りになる存在であったとのことです。今でもその社交的な性格が残っておられて、「にこにこ」でいろいろなところへ出かけても、見知らぬ人に声をかけ「どこから来はったん? わたしは菟田野ですねん、近くまで来たら、是非寄ってください」と声を掛けられます。なんとフレンドリーな精神でしょうか? 見知らぬ方は、少し驚きながらも、笑顔で「○○から来ました。ありがとうございます」と答えてくださいます。
美しい景色やすばらしい花の姿に感動された時は、「きれいやなあ、ここは奈良県か?
日本か? 日本も広いなあ? ええとこやなあ?」とすなおに感情を表現され、とても上機嫌になられます。朝の不機嫌はウソのようです。そんな時は、トイレの心配や車いすでの移動の困難さなどは、一瞬のうちにふきとんでしまい、ともに目の前の絶景に見とれ、ともに癒されています。30分後、にこにこに戻って絶景の写真を手にとって「こんなとこ行ったんか?」とおっしゃっても、笑顔の瞬間の積み重ねが大事だと確信します。
 ある利用者さんは「皆さんのおかげで、生かされています」と手をあわせてくださいます。
そのお気持ちに寄り添いながら、「誰かの世話になって生きていく」ことをすべての人が共有し、超高齢社会が今後さらに加速度的にすすむなか、老いを否定せず、尊厳を守りながら、ともに笑顔にあふれる日常を積み重ねていきたいと願っています。