にこにこ通信 34号

デイサービスセンターにこにこで高齢者の方に寄り添っていると、昔話を聞かせていただくことがよくあります。今、話をされたことはすぐ忘れて、同じことを繰り返し話される方々ですが、自分の子どもの時のことや若かった頃の経験は覚えておられます。話を聞かせていただいて思うことは、人には他人には思いもよらない自分史があるということです。認知症がすすんできているひろむさんは、農家の長男だった自分が家の跡を継がず教員の道をすすんだとき、「お前は学問の道を進め」という父親からの言葉に随分と励まされたことや、旧制中学時代の同級生が戦死したことを涙ながらによく話されます。
 よしこさんは、母親が嫁いできたときの苦労や、兄が手に職をつけるために大工の親方に弟子入りしていた頃の苦労を話されます。苦しかったこと、嬉しかったこと、いろいろな話を聞かせていただくたび、私たちは決して二つとないそれぞれの自分史に触れることに喜びを感じます。
 アフリカのある国では、一人の老人が亡くなったとき「一つの図書館がなくなった」と言うそうです。100人の人には100の歴史があり、そうした歴史を後世に伝えていかねばならないという意味なのでしょうか。
 しかし、そんな人の歴史を、しかも一瞬にして15000人の歴史を奪いさった東日本大震災が3月11日に起こりました。連日の報道で、死者・行方不明者23000人のという数字で被害を見てしまいますが、7~8人の利用者さんの自分史に日々触れる者からすると、23000人の死者・行方不明者の自分史というのは途方もないもので、いつの日かそれぞれの方の生きてこられた証というものが後世に伝えられていくことを願ってやみません。
 大震災直後、東京の店頭から品物がどんどん消えていった姿が報道されていました。明日への不安から自分の物は自分でという意識がはたらき、多くの人が我先にと買い占めに走ったのが原因だと言われています。しかし一方では、義援金は2500億円を越え、被災地には多くのボランティアがかけつけ、大震災で被害を受けた学生への奨学金や職を失った震災失業者への民間からの雇用支援も始まっています。
 大震災を、日本社会をかえるターニングポイントにしなければならないとよく言われますが、真にターニングポイントとするためには、物質的な豊かさだけではなく、人の苦しみを共有し困った人を助けることに、喜びや気持ちの豊かさを感じる社会のありようを考えねばなりません。また、そのことが、年間3万人を超える自殺者や孤独死といった無縁社会の問題や、200万人を超え年々増加している生活保護受給者や非正規雇用の増加といった格差社会をかえることにもつながるのではないでしょうか。
 デイサービスセンターにこにこも利用者さんとその歴史に寄り添い、家族の皆さんの痛みを共有することを日々心がけ、今後の活動をすすめていきたいと思っています。